松乃鮨 TEL0767-53-0053

能登・七尾、食祭市場から徒歩1分。老舗の本格的なお寿しを手頃なランチで。名物玉子巻「玉宝」は11代将軍 徳川家斉に献上した逸品です。

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名物玉子巻「玉宝」

江戸幕府11代将軍、徳川家斉に献上したと言われる幻の玉子巻。
松乃鮨では、150年間代々受け継がれた名物品として心を込めてお客様に ご提供させて頂いております。    


名物玉子巻「玉宝」

玉宝とは!?≪宝の如く≫

当店の名物玉宝(玉子巻)は、創業明治元年から一子相伝の技によって代々大切に受け継がれて来たお寿司です。

創業者の思い=玉宝の由来は「宝の如く」。

職人が一本一本、心を込めて巻きあげております。

「お腹と心を満たす」ものづくり。

 

玉宝のこだわり≪お腹と心を満たす≫

薄焼き卵=繋ぎを一切使わなず、熟練した職人が一枚一枚丁寧に焼き上げております。

干瓢=直焚きという昔ながらの製法でじっくりと焚きあげられた、懐かしい味わい。

でんぶ=白身魚をふんだんに使い、甘すぎず病み付きになる味。

しゃり=石川県奥能登産を使用し丁寧に炊きあげ、秘伝の酢を合わせます。

巻く=熟練した職人によって、1本1本やさしく巻き上げます。

 

玉宝のルーツ ≪江戸三鮨 安宅松が鮨≫

玉宝のルーツは約180年前の江戸にさかのぼります。 当時江戸三鮨と謳われた三軒の鮨屋がありました。 

「安宅松が鮨」「与平衛寿司」「毛抜き鮓」の三軒です。 江戸前鮨の歴史には、江戸前握りの創者は 「安宅松が鮨」の堺屋松五郎という 記述が残っております。 

 

そして堺屋松五郎は当時の高級食材の卵を海苔の代わりに、贅沢に薄焼き卵で巻き寿司を作りました。

瞬く間に、安宅松が鮨の玉子巻の評判は江戸中に響き渡ったのではないかと推測します。

その後、当時の江戸幕府に献上され、11代将軍 徳川家斉に振舞われたそうです。


新しい玉宝に向けて≪故郷に錦を!!≫

今から約150年前松乃鮨創業。創業者の「善上エ門」が江戸から能登へ玉子巻を・・・

およそ150年の間、能登で江戸前発祥の玉宝を受け継いできまた。そして地元のお客様と共に玉宝を守り続けて来ました。

今能登は、すし王国能登七尾というブランドの発信や、能登里山里海世界農業遺産などの認定を受け、全国に石川県能登のPR活動が普及しており、交流人口などの拡大に着手しております。

当店は、能登の食材、能登地鶏の卵、能登米、能登でんぶ、地酒などを使った、能登玉宝の新開発を行っております。

そして江戸より伝えられた「玉宝」を献上版「能登玉宝」として東京での販売を目指します。この能登の食材で作られた「能登玉宝」が能登のPR活動の一環となり、交流人口の拡大、能登の発展に繋がれば幸いです。

 

六代目の思い≪食文化≫

平素より当店松乃鮨をご贔屓ご愛顧承りまして誠にありがとうございます。

さて、近年「食」をテーマに地産地消や食育の取り組、B-1グランプリなどのご当時グルメの祭典などが、頻繁に見受けられるようになりました。 スーパーやコンビニ、飲食店の普及もあり「食」でありふれ、インスタント食品を主とした時代背景にあります。

そして世界的にみても、現代のグローバリズムの中で食の均一化の方向に向かっているように思えます。インスタント食品やスナック菓子などが例に挙げられます。

私達の子供の頃は「故郷を思い出させ」「子供の頃からの懐しい味」など。ふと懐かしい思い出が蘇る事のできる「食」が存在しました。しかし現代では、どうでしょうか?

大人になって、ふとした時に心を満たせる「食」を後世に残したい!!思い出に残るような「食」を作りたい!!作り続けなければいけない!!という思いに溢れております。

そして七尾に住む人にとって、その一つが「玉宝」だと信じております。

又、能登に観光に来られたお客様や、ビジネスなどで能登に滞在されたお客様にも、松乃鮨名物「玉宝」を召し上がって頂き、能登に来られた思い出として心に残るような商品を目指します。

現代社会で少し忘れがちな懐かしく、温かい「食文化」の発信をテーマに、今後も松乃鮨名物「玉宝」を大切に守っていきます。

 

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すし王国能登七尾 松乃鮨

六代目 南 智文

 

 

 

 

〒926-0041 石川県七尾市府中町220-6
営業時間 午前11:30〜午後2:00/午後5:00〜午後10:00
不定休  駐車場8台完備
※最大25名様の団体様のご予約承ります

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